ごみっと・SUN 32号
中東ごみ事情  [IRAQ]
イラクの子供たちを殺し続ける「史上最悪のゴミ」
田浪 亜央江

  今年4月から5月にかけて、現地滞在2週間という短い日程でしたが、イラクをはじめて訪問する機会を得ました。ジャーナリストの本多勝一さんの通訳として同行したのです(※1)。

  1991年の湾岸戦争から11年あまりが過ぎました。当時、アメリカは、イラクのフセイン大統領をヒトラーになぞらえ、イラクを攻撃しフセインを打倒することは「正義のための戦い」である、とアメリカは宣伝しました。
仮にフセインが「中東のヒトラー」であっても、彼の支配する国に住む「普通の」人々が攻撃され、殺されるいわれはない、という当然の理届は顧みられませんでした。

  湾岸戦争で、12万5千人から15万人のイラク兵が死に、さらに空爆で、15万人の民間人が死んだと推定されています(対して、「多国籍軍」の中心的立場にいたアメリカ軍の死者は148人でした)。

  そしてさらに、湾岸戦争がその後の日本や世界の動きに与えたあまりにも大きな影響については、今さら言うまでもありません。
ここでは、イラクの人々が現在なお受け続けている大変な影響について、触れたいと思います。

  湾岸戦争でアメリカ軍は、イラクに対して「劣化ウラン弾」!を使いましたと劣化ウランというのは、一言で言えば核兵器や原発の燃料となる物質をつくる過程で生み出されるゴミです。
天然ウランのうち、核兵器や原発の原料として使われる235 は1%に過ぎず、
残りは廃棄物になるわけです。
廃棄物ですから原材料費が非常に安く(軍需産業に無料で提供される、という説もあります)、アメリカはこれを弾に加工して他国にばらまくことで、自国の核のゴミを処理しようとしているわけです。
劣化ウラン弾は、核分裂して燥発を起こすことはしませんが、放射能汚染を起こす点では核兵器と同じです。
このため劣化ウラン弾が大量に使われた湾岸戦争を、アメリカが起こした第二の(つまり日本<広島・長崎>に対する戦争に次ぐ)核戦争だと形容する人もいます(※2)。

  今回の訪問のメインは、湾岸戦争による被害を調べることです。バグダード市内の病院を二つ、南部のバスラという都市の病院を二つ訪問しました。
お医者さんたちが異口同音に言われたことをまとめると、次のようなことになります。

  湾岸戦争が終わつて2、3年たってから、癌や白血病の患者が増えはじめた。
それまで見たこともないような、奇形も出てきた。死産や、無脳症など手のつけられない状態で生まれてくる子どもも増えた。
ただでさえこれまでの医学的知識では対応できないのに、基本的な薬や医療器具が、経済制裁のため入ってこないので、座視するしかない。
イラクの医者が海外で研修を受ける道も、事実上閉ざされている。
下痢や風土熱など、薬さえあれば普通は助かる病気さえ、薬がないため子どもが苦しんでいるのを見ているしかない・・・・・・・・。

  劣化ウラン弾は、燃焼すると煙霧状化し、風に乗って広範囲を汚染します。汚染源は特定できなくても、塵を吸ったり、汚染された水や野菜などを摂ることで、放射能の害を受けるわけです。

  それにしても、湾岸戦争の時には生まれてもいなかった子どもが、全く不十分な医療しか受けられずに死んでいくのは、本当に理不尽なことです。

  さらに私が愕然としたのは、経済制裁の影響のすさまじさです。
思い出していただきたいのですが、湾岸戦争が始まる前、武力行使に反対して、「話し合いや経済制裁で、イラクをクウェートから撤退させるべきだ」という論調がありました。
しかし空爆もひどいですが、経済制裁もつくづく残酷です。そして経済制裁はいまだに続き、病院を機能不全にしているのです。

  経済制裁の影響で死んだイラク人は150万人にのばり、そのうち70%が5歳未満の子どもだと言われています。
私が見た赤ちゃんの一人は、高熱が出ているのに全く治療も受けられず、ただ酸素を送られてハーハーと苦しんでいました。私たち大人の世代が、こんな状態を作りだしてしまったのです。

  お医者さんの一人は、「アメリカはこうやって、イラクの子どもたちを殺し続けている。これは新しいタイプの戦争なのです」と言つていました。
しかし、私たちの手も、汚れていることを確認しないわけにはいきません。日本政府は多国籍軍支援として、90億ドルを支払いました。
当時は1ドルおよそ130円でしたから、なんと1兆1千7百億円、しかも後に円安で目減りした分の補填分700億円を追加で出しているのですから、計1兆2千4百億円。
単純計算で、日本人一人あたり1万円づつ、イラクに対する戦争のためにお金を出したことになります。日本が出したお金なくては、あの戦争はできなかったのです。

  私たちもまた、好むと好まざるとに関わらず、イラクの子どもたちを殺すことに荷担してしまったことを忘れることはできません。

  それにしても、ヨルダンから車で10時間あまりかけて到着したバグダードの街の美しかったこと!!
チグリス河が蕩々と流れる、ナツメヤシの樹に囲まれた緑の多い街で、「千夜一夜」の世界を彷彿とさせる古い通りは、混沌とした活気にあふれていました。

  私はこの街と人々にいっぺんで惚れ込んでしまいました。アラブ世界について曲がりなりにも勉強してきた私でさえ、それまで訪れたことのなかったイラクについては、貧困なイメージしか持っていなかったのです。

  イラクにも戦争とは違う日常があり、「普通の人々」の生活があるということをあまり分かっていなかったのだと、つくづく思い知らされました。

  しかしその「普通の」生活の裏には、将来に渡る劣化ウラン弾の被害におびえる姿があり、子どもを失って悲しむ親たちの姿があります。
こんな状況の中で、アメリカがまたイラクを攻撃することも、現実味を帯びています。 そんなことを許せば、私たちは11年前の湾岸戦争から何も学んでいないことになるでしょう。

※1…この紀行記については、 『週刊金曜日』の412号 (5月24日)から421号(7月26日)に連載されており、 そのうち劣化ウラン弾による被害に触れているのは416号から420号までです。
なお、今秋には単行本としてまとめられる予定です。
※2…『劣化ウラン弾』(1998年、日本評論社)、37頁。

ごみっとmemo:劣化ウラン
 ウラニウムは比重18.90と非常に重い金属(鉛は11.34)であり放射性元素の1つである。
反応性が強く粉末にすれば常温で自然発火する。
天然ウラニウムはU234、U235、U238 の3種の同位体から成り立っていて、
238 が99.276%、U235 は0.72%と大部分が U238 である。
 核燃料として利用するには濃縮して核分裂する U235 の含まれる割合を高くする必要があり、残ったウラニウム(U235 の含有量が少ない)を劣化ウランという。

劣化ウラン弾
 劣化ウランは比重が大きい金属なので、砲弾に使うと貫通力が増し、標的の破壊力が大きくなる。また、核燃料の濃縮で出来る放射性の廃棄物であり、処分の方法がない。
 ウランは反応性が高いので、爆薬の爆発により炸裂した後、燃えて空中に拡散すると思われる。


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