産廃に狙われ続ける東京・西多摩
緑川 圭介(西多摩在住)

 

 かって西多摩は、産業廃棄物の合法或いは非合法の処分地として狙われ、市町村や住民とのトラブルが絶えなかった。合法的といっても法整備は不完全で、環境保全への配慮は恐ろしいほど不十分だったし、多くは非合法な投棄が当たり前のように行われていた。
 正規の処理業者だけでなく建設関係の業者などが 「手ごろな」 谷間や砂利採取穴などを見つけ、安全管理のための手だてを全くしないで有りとあらゆる物を捨ててきた。

 そして今、西多摩はリサイクルを名目にした廃棄物の分別・破砕・減容などの中間処理施設の建設地として狙われており、進出しようとする業者と住環境を守ろうとする住民との間に摩擦が起きている。


大量消費・大量廃棄の先進地=米軍基地が処理業者を生んだ

 西多摩での廃棄物処分が動き出す歴史的背景には、米軍基地に関わる部分が大きい。日本の敗戦により、占領軍は首都圏の旧日本軍の基地を接収した。進駐軍は大量の物資を運び込み、消費し、大量の廃棄物を排出した。
 朝鮮戦争、ベトナム戦争への出撃・輸送・兵站基地として機能するようになると益々大量の廃棄物が出るようになった。

 当初、廃棄物は周辺の労務提供者などに委ねられ処理された。荷車とゴミ捨て場を持つていた者には良い稼ぎとなり、西多摩の有力者の中にはゴミ処分で財を築いた者も多い。 そうした中から廃棄物処理を専門の業とする会社も生まれた。基地の廃棄物の多くは、周辺に確保された処分地に投棄された。

 日本が大量生産・大量廃棄の時代に入ると、沢出の処理業者が生まれた。自治体や企業からの委託を受けた業者が、多摩地域全体でゴミ処分の市場拡大を始めた。経済が高度成長期に入り廃棄物の量が爆発的に増えてくると、業者は処分地を求め西多摩を徘徊することが多くなった。
 そして、羽村、端穂に掘られた砂利採取穴の跡地は格好の処分地として狙われた。巨大な穴には、中間処理されない生ゴミ、可燃物、粗大ゴミ、建築廃材、ヘドロ、医療廃棄物、クロム鉱滓など、あらゆるゴミが投棄された。
 多摩の山間部も投棄場所になった。数十年が経過して、既に埋め立てが終わり覆土されて外見からは投棄の状態が覗えなくなっている所が多い。

 埋め立て地が宅地化された所もある。現在の日の出町の谷戸沢やニツ塚周辺でも不法投棄が行われた。こうした投棄場所の近くの地下水には後日、汚れが出るようになり、飲料水としては使われなくなった所が多い。
 処分組合が昨年、谷戸沢下流のモニタリング井戸で実施したダイオキシン調査では、高濃度のコプラナPCBが検出されたが、処理業者などにより不法投薬された電気部品からPCBが漏出したものと考えられる。

 本来、豊かな湧水が清流をつくり出していた西多摩各地で、水質の悪化が懸念されている。


リサイクルを名目としたごみ処理施設が ・・・・・

 西多摩の山地は石灰石を産出し、江戸時代には白壁に使う漆喰(消石灰)を供給し、明治以降はセメント原料として大量の石灰石を掘り出していた。また、川砂利の採取が禁止されコンクリートの骨材などが不足すると、山砂利や砕石を採掘する業者も進出してきた。
 こうした業者の中には、資源の枯渇する中で建設廃材のリサイクルに乗り出す業者も出てきた。コンクリートを破砕し、骨材である砂利と砂、セメントを分離し再利用する業者や路盤材として使用したアスファルトを加熱加工して再利用する業者だ。

 建設材料の再利用は、必要な事業だが、事業所が民家に近い場合、住環境に大きな悪影響を及ぼすことになる。コンリートの破砕には、騒音と振動、それに紛塵の飛散が伴う。
 アスファルトの加熱処理ではタール系の蒸気が発生する。どちらも、十分な公害対策が講じられれば被害は避けられるが、営利優先の民間企業が十分な対処をしているとはいえない状況にあり、工場の周囲に異臭と騒音を撤き散らしている。

 リサイクルされない建設廃材は焼却後、或いはそのまま埋め立てられている。残土は、規制を受けず谷間を埋め、人と自然の共存してきた里山環境を破壊した。
 残土捨て場を提供する事を業とする業者は、「低い場所を埋め立ててあげる」 などと言葉たくみに地主と交渉し、一旦了解を取り付けると大量の残土を運び込ませる。残土の処理に困る建設業者は、この中間業者の言い値を払い残土を持ち込む。それでも他県に運ぶより割安であったり時間的ロスが少なくて済むからだ。

 こうした残土捨て場は、ほとんど土砂流出防止策が取られていない。日の出町と青梅市の境にある梅が谷峠の雲龍寺では、寺院建設との名目で行われた造成工事で大量の残土が山の斜面に投棄された。

 毎年、豪雨のたびに境内から土砂が流れ出して都道を塞ぎ、住民に不安を与えている。


廃プラなどのリサイクルを掲げる新たな産廃業者の進出で摩擦が ・・・・・

 西多摩の中でも、あきる野市や瑞穂町など都心に近い場所で、新たな産廃業者の進出が目立つようになってきた。掲げられる看板には 「リサイクルセンター」 の文字が光る。施設は、リサイクルのため収集された産業廃棄物の分別・破砕・減容などを行う中間処理施設とされ、確かに一部はリサイクルされる事になっている。
 しかし、処理後の行き先を調べると多くは東京湾や他県の処分場での埋立。運搬や埋立に便利なように破砕、減容する事が主目的に思える。
 排出地である多摩地域の人口密集地に近く、用地の確保の容易な立地が狙われる原因となった。

 だが、何処も住宅地に近く、直ぐに住民の反対運動が起こる。産廃業者は狭い敷地で最大限の処理量を目指すため、公害防止のための緩衝空間を持たず、隣接する住民に不安を与える。

 昨年、杉並区に本社を持つ(株)総合整備があきる野市二宮東の多摩川沿いの工業地域にRDF化設備を含む中間処理施設をつくる申請を出したが、二万七千筆の署名を集め日に日に広がる住民の大反対運動に業者が申請を取り下げた。ところが、同じ業者が今度は瑞穂町長岡に用地を確保し都に申請を出した。
 町長はすぐきま認可しない様に求めたが、東京都は 「都条例などの要件をクリヤーしている」 として認可した。住環境の悪化を心配する地元では、すぐさま看板を立てて工場建設に反対する意思表示を行い、地元町内会でつくる 「長岡地区公害対策委員会」 が中心となって全町での反対署名運動が行われ、五月の着工前に大規模な集会を行い進出を阻止したい考えだ。

 端穂町と羽村市の境には、既に産廃業者の工場が点在し、この地域を 「産廃銀座」 と表現する人さえいる。ハイテク産業など将来性のある企業を呼び込みたい瑞穂町にとって、産廃業者の進出は町の将来計画と相容れない重大問題となっており、町をあげての反対運動へ発展しようとしている。


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